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統合失調症持ち 元ITエンジニア女子の日常

理系卒、客先常駐型SE経験のあるITエンジニア女子が、20代をはじめとする理想の働き方について追及していきます!また、統合失調症の闘病記を書いていきます!twitter:@26_hidamari

客先常駐型SE 新人生活1年間を振り返る(後編)

客先常駐型SE 新人生活1年間を振り返る(前編)の続きです。

 

10月

上期で尊敬していた上司が離任し、下期に突入。

下期に入ってからシステムの障害や不具合が多発し、現場の空気は悪化した。

でも新人の自分の技術では不具合対応に貢献できず、複雑な気持ちだった。

上層部ばかりが多忙で、自分の案件が完了してもレビュー待ちの成果物がどんどんたまっていってしまう。まさに負の連鎖だった。

 

11月

11月も相変わらず不具合が多かった。

そしてついに自分にも高難易度の案件が回ってきた。明らかに納期に間に合わないような案件で、頭が真っ白になった。

苦しくて何度もトイレにこもったり、夜に涙が止まらなくて眠れなかったこともあった。もう会社行きたくない。会社辞めようかな。そんな思いが芽生え始め、フリーランスについて調べるようになった。

結局会社は辞めず、現場移動とか役職変更の可能性にかけて、会社を続けることにした。

 

12月

案件の難易度は落ち着いてきた。

でも忘年会とかクリスマスパーティーが続いて睡眠不足の日が続いた。

フレックスタイムを使って1時間遅く出社したけど、使ったら顧客からの評価が下がると言われた。

 

またある飲み会で会社の組織構造を聞いた。

社内には仕事ができて評価が高い人、仕事ができるが評価は低い人、仕事はできなくても評価が高い人、仕事ができず評価も低い人、の4種類に分かれるらしい。つまり仕事ができようかできまいが上司のご機嫌取りがうまくなければ評価は低いということだ。

私は評価のために直属の上司のご機嫌を取るくらいなら、フリーランスになって自分で仕事を選びたい。そう思って別の部署の先輩に相談した。そしたら翌日出社するも体調を崩し、早退してしまった。うつ病に近い状態だった。

その翌日も休み、電話で直属の上司に退職したいと伝えた。しかし、退職はまだ早いという結論に至って、年末年始を迎えた。

 

1月

年末からうつ状態が続き、元旦から病院に向かった。

悪い初夢を見たらどうしよう、連休で社会復帰できるかと不安が収まらなかった。

睡眠薬を飲んだり精神科に通ったりして、何とか生き延びることができた。

 

しかし、相変わらず退職の思いは残ったままで、仕事の集中力も下がり気味だった。

もう迷っても仕方ないと思い、ついに退職すると断言した。退職の話をしたら、セクハラ、パワハラ的なことを言われ、体調を崩してしまった。

挙句の果てに、1月最終週、精神医療センターに入院した。

 

2月

2月に入ったころにはすでに入院していた。親、会社、情報社会が何もかも嫌で、家を出てしまった。私は統合失調症となり、償いきれないほど悪いことをしただろう。

でも自分だけじゃどうしようもなく、入院という形をとることにした。

 

記憶が残っているのは2月3日以降。それから看護師さんの指示に従いながら生活し、徐々に平常な精神を取り戻している。しかし、会社を辞めてから、少なくとも半年は社会復帰しないほうが良いと言われた。働きたいけど働けない。そんな精神と葛藤しつつ、自由なようで不自由な入院生活を送っていた。

 

3月

入院してから1ヶ月。もう「ITエンジニア」を名乗れないくらい入院生活になじんでいた。

ひとまず働きたい意欲や収入の不安は収まり、健康的な毎日を過ごしていた。

入院生活も終盤となり、スムーズに退院できるよう、慎重に毎日を過ごした。

会社は3月末に退職し、これからしばらくはITエンジニアを名乗らず、統合失調症患者として生活を送ることになるだろう。

 

まとめ

下期から激務を味わったり会社の評価基準を知ったりで、会社で働く意欲が失せていきました。上期まで順調に仕事ができたのは、自分が新人だったから、上司のサポートがあったからなのかもしれません。

 

今現在私は無職で、統合失調症の治療中で就職の許可が半年近く出ておりませんが、起きてしまったことは仕方ないと割り切っています。

退職後にすぐ再就職するよりも、再発防止のため自宅療養期間を挟んで再就職したほうが長期的に見て健康的だという言葉を信じ、日々生活しようと思います。